永遠の中の一瞬(4)










ルカが妙な胸騒ぎを感じたのは、戦争の真っ只中でのことだった。
それは、この間のある瞬間から、ずっと消えずに残っているのだ。
2、3日前、ルカの耳に突然、声が聞こえた。
声と呼んでいいのかも分からないほどの微かなもので、しかもどんどん小さくなっていく。
しばらくした後、その音は消えてしまった。
結局は何だったのか分からないままなのだが、あの時妙にクロイツが騒いでいたことが引っかかる。
何でもない事のはずなのだ。
それがどうしてだか、頭の中から消えない。
クロイツが今でも、ルカの顔を見ると騒ぎだすせいかもしれないが。
それよりも、ルカはいまだ捕まる事のない愛しい少年の事が気になっていた。
どちらにしても、この戦争が終わらない限り、自分は身動きがとれない。
今はとにかく戦争に意識を向けることで自己完結し、一気に兵を推し進める。
しかし、旗色は悪かった。
昨日から降り続く雨のせいなのかもしれない。
いつものルカならば、無理やりにでも突撃を繰り返す。
ところが、今回ルカがとった行動は、「退却」であった。
ルカらしからぬその行動に、兵士達は皆、動揺が隠せない。
「ルカ」という人格をよく分かっている将軍たちも同様で、シードなどは口を大きく開けたままになっている。
「聞こえなかったのか?俺は退却をしろと言ったのだ。さっさとしろ!」
「ルカ様。よろしいのですか?」
と、努めて冷静な顔をしたクルガンが聞いてきた。
「かまわん。どうした?この狂皇子が、敵に情けをかけてやろうというのがそんなに信じられんか?さっさといけ!切り殺されたいか!」
「いいえ。早速そのように・・・」
そう言って、クルガンはその天幕を出て行った。
次にシードが出て行こうとするのをルカは呼び止める。
「待て。」
「は。なんでしょう。」
「お前らでこの後の指示はしろ。俺は先に帰る。」
そう言い残すと同時にルカが天幕を出て行ってしまった。
後に残されたシードはしばらく呆然としていた。
今日のルカ様はおかしい。いや、今回の遠征はずっとこんな調子だった。
狂皇子とささやかれているルカが、ほとんど人を手にかけないままで退却するなど、今までならば考えられることではなかった。
シードの頭に、この間のクルガンの言葉がふと蘇る。
―――ルカ様は少し穏やかになられた気がする―――
それは、こういったことなのか。シードには分からなかった。



その頃ルカは、城への帰り道を急いでいた。
今回、ルカがあまりにもあっさりすぎる退却を命じたのは、他でもない、イオのためだった。
そして、あの胸騒ぎ。
きっと何かがある。その考えが、今のルカを動かしていた。
ルカが城に帰ったのは、それから間もなくの事であった。




城に帰ったとき、再びルカの頭に声が聞こえた。
耳から聞こえてくる物ではない、直接頭に届くこの感じは、前に感じた物と同じである。
ただ、この間の声とは、違う主のようだった。
―――あ・・屋へ・・・あの・・を・・けて・・・死・・しまう・・・―――
何だ?何を言っている?
ふ、と目の前に影ができた。
そこにいたのは・・・リト。
―――あの小屋へ・・・あの人を助けて・・・死んでしまう・・・―――
より鮮明に声が頭に響く。
この声は・・・まさか・・・
「・・・お前なのか?・・・リト・・・」
リトは答えなかったが、肯定するように、にゃーんと鳴いた。
声の主はどうやらリトらしい。イオが動物の言葉がわかると言っていたが、自分にも伝わるとは思わなかった。
ルカは少しの間、驚きを隠せなかったが、はっと我に返った。
(リトは何と言った?死んでしまうだと?あの人・・・?誰だ?)
ほんの一瞬だけ考えた。次の瞬間、はじかれたようにルカは城を飛び出す。
当てはまるのは、イオしかいない。それしかない。
小屋へ着くまでの間、ルカは何も考えなかった。いや、考えられなかった。
城へ帰る時はうっとおしかった雨も、今は感じられなかった。
ただがむしゃらに目指した。
その間も雨はしとしとと降り続く。





クロイツを飛ばして、飛ばして、小屋に着くまでそんなにかからなかっただろう。
小屋に着いたルカは、しばらくの間、そこから動くことができなかった。
頭の中は、どんどんわきあがっていく疑問でいっぱいだった。



そこにあったのは、無数の墓。


その中ほどにあるひとつの墓の前――――そこにイオはいた。


膝を抱え、頭を膝に押し付けるようにして座り込んでいる。

おそらく、この墓は全てイオが作ったのだろう。服に泥がとんでいる。
声をかける事がためらわれてしまうような、小さな背中は、少し震えていた。
この状況を把握するには、あまりにも情報が少ない。
自分はこれから、どのような行動をするべきなのか。その答えを導き出すのに、しばらくの時間を要した。
そして、ゆっくりと歩き出す。
静かに・・・イオへ向かった。

「・・ごめ・・・さ・・ご・・ん・・さい・・・」

イオの後ろまで近づいたとき、聞こえてきた声。ルカには何を言っているのか分からなかった。
それでも、イオがどこかおかしいことは分かる。


「―――イオ―――」
声をかける。
―――反応はない。
もう一度、先ほどよりも大きな声で名を呼ぶ。
しかし、イオは振り向かない。反応した様子もない。
このままではとてもまずい気がして、ルカはイオの肩をつかみ、今度は怒鳴るように度名前を呼んだ。
ビクッと、イオの肩が揺れる。
そしてゆっくりとルカの方を向いた。
同じようにゆっくりと、イオの口が動いた。

「・・・・ル・・・カ・・・?」

とりあえず、自分を認識されたことにルカは安堵した。
だが、次の瞬間、ルカに衝撃が走る。
自分を映すその瞳に・・光が・・・ない――――
「・・一体何があった?この墓は・・」
そう言い終わらないうちに、イオはすっと立ち上がると、ルカから離れようとした。
ルカは慌てて、その手をつかむ。
そのまま両手をイオの肩で固定し、逃げないようにしてからもう一度問いかけた。
「どうしたんだ!一体何があった!」
強く問いかけると、イオは俯いたまま、絞りだすような声で答えた。
「・・・わから・・ない・・・・声がして・・ここに来たら・・・みんな殺されて・・・・」
(声?まさか、あのときの声か?あれは動物達の声だったのか・・・)
イオの言葉から、何とか状況を把握しようとするルカに、イオは再び言葉を紡ぐ。


「きっと・・・僕のせいだ・・・」
(!?)
「僕のせいで、この子達は死んでしまったんだ!僕が殺した!!」
「落ち着け!!」
思わずルカは、イオを力任せに抱きしめた。
そして、なだめるように言う。
「お前のせいなどではない・・・ちゃんと落ち着くんだ。」
しかしイオは首を振りながら、違う、という。
僕のせいだ、と。
どうしたらよいのか分からず、ルカは途方にくれてしまった。
と、その時。



突然イオの体が、沈み込んだ。
「ど、どうし・・」
と、言いかけて、ルカはハッとする。

イオの体が熱い。
その熱さは、はっきりいって常識の域を超えている。呼吸も浅く速いものになっていた。
急いで小屋にイオを運んだはいいが、どうすればよいのかが分からない。
城に連れて行くしかない。それしか方法はないだろう。ここにいても、どうすることもできないのだから。
イオが、城へ行くのを拒んでいた事が、頭の中をよぎる。
(仕方あるまい。)
そう自分の中で言い訳をし、イオを抱えると、クロイツに乗り城に向かった。
その間もイオは「ごめんなさい」といううわ言をずっと繰り返していた。



途中、ルカは、あの時自分が冷静でいられなかった事を後悔していた。
きっとイオは、あの墓を全て作り終わってからずっと、ああやって座り込んでいたに違いない。
しかも、この雨の中でだ。
ぐっしょりと濡れた体。冷たく冷え切っている事になぜあの時気づけなかったのか。
あの時のイオの様子が普通でなかった事も、わかっていながら。
そして、この状況の中で自分のすべき事をすぐに考えつかなかった事も。
もっと言えば、こんな事になるまでイオをほおっておいた自分に腹が立つ。
初めて自分自身を見てくれた人間。
興味がいつしか愛しさに変わっていた。
失いたくない。
祈ること。クロイツを走らせること。
それが今のルカにできる全て。





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なんか、あんまり区切りよくないです。
しかも、終わり方サイテー(汗)
あぁ、なんか、書く毎に自信がなくなってゆく・・・
とりあえず、次は、心を閉ざす坊と、どうしたらいいのか分からないルカ様(予定)です。

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