しっとしっとしっと!










ある日の昼下がりである。
ランチを終え、ゆったりとした時間を過ごそうかという頃―――――


「シグルドさーんっ!」
やはり来たか、とシグルドは思わず苦笑をもらした。
隣でハーヴェイは思い切り顔をしかめている。
まあ彼がむくれるのも無理はない。
こう毎日毎日の出来事ではシグルドであっても少々は呆れたくなるというものだ。

ことの起こりは1週間ほど前に遡る。


「はぁっ!」
海上戦で、シグルドとハーヴェイ、そしてジェレミーが同じ場所で戦った。
基本的にハーヴェイとジェレミーが接近戦、それをシグルドが援護する形をとって。
数多くいたモンスターも残すところ後1匹というところまで来た。
そしてジェレミーが止めをさそうと剣を振り上げた時。
背後で屍となったはずのモンスターが身体を起こしジェレミーに襲い掛かったのである。
ジェレミーは今更後ろを振り向くこともできず、ダメージを覚悟で目の前の敵を倒した。
が、自分が感じたのは敵を斬る感触だけ。
あわてて後ろを振り向くと、自分に襲い掛かるはずだったモンスターが崩れていく。
その背中には、シグルドの放ったナイフが刺さっていた。
「シグルドさんってすごいなぁ・・・」
シグルドもハーヴェイも他の持ち場を応援に行ったはずなのに。
モンスターを全て倒し終わって一息ついた時、ジェレミーは思わずそう零していた。
そんなことはないさ、と当の本人は謙遜し、その相棒はやたらと偉そうにしている。
でもジェレミーは本当にすごいと思った。
「俺もそんな風になりたいなぁ・・・」
呟いたのは本当に本心からのこと。
すると、シグルドは一瞬きょとんとこちらを見つめ、それから。
「何なら、一度試してみるか?」
これ、とナイフを見せながら穏やかに笑った。



そして、1週間。

まさかこんなに続くとは思っていなかったシグルドは今更後にも引けず毎日付き合う事になったのだ。
とはいってもシグルド自身、別に苦痛だというわけではない。
こうした鍛錬は自分の技を磨くことにも繋がるし、彼は筋がいいから教えがいもある。
ただ、なんと言うか相棒の機嫌が底なしに悪くなるのが面倒なだけで。
海賊であった時にはそのまま放置しておいたものだが、今は同じ部屋なのでそういうわけにも行かない。

毎晩機嫌をとるのもこれでなかなか大変なのだ。



「・・・それでは、少し休憩しようか。」
ジェレミーがナイフを持ったまま座り込む。
「やっぱりなかなか上手くいかないなぁ。」
少しふてくされるようにしていった彼に、シグルドが少し笑う。
「簡単に上手くなるものではないさ。この短期間でこれだけ上達しているなら、十分早い方だと思うが?」
お世辞ではない、本心のつもりだ。
それが伝わったのか、彼が会心の笑みを浮かべた。
「へへ、そうかな?」
「ああ。だが、完全に狙ったものを貫けるようになるまでこれは使わない方がいい。」
シグルドは先程までの笑みを消し、ジェレミーを見据える。
「えぇ、どうしてだよ。」
納得がいかない様子であったが、シグルドも冗談でそんなことを言っているわけではない。
手に持ったナイフに視線を逃がし、動いた拍子に切っ先が煌いた。
「これは接近戦用の武器じゃない。だから、使う場所が限られてくるものなんだ。」
言われて思い返してみれば、確かにシグルドはいつも誰かの援護に回っている。
もちろんその相手はいけ好かない彼の相棒であることがほとんどであるが。
「そしてこれを使う時には、はずすわけには行かない。」
「あ・・・そうか・・・」
味方のピンチを救うにしろ、敵を倒すにしろ、確実に狙ったところに当たらなければ意味がない。
そして、失敗してしまった、ではすまないのだ。
あの時だって、シグルドがはずしていたら自分はこんな風に今頃鍛錬なんてやっていられなかった。
シグルドの話した意味を知って、ジェレミーは神妙な面持ちで下を向く。
そんな彼を見下ろし、シグルドは、ふ、と頬を緩めた。
「それだけわかってくれればいい。さて・・・」
カラン、という音に思わず顔を上げれば、シグルドが珍しいものを手にしていた。
そして同じものをジェレミーにも投げてよこす。
「慣れないものばかりでは疲れるだろう?少し息抜きをしようか。」
「ええ!?シグルドさんって剣も使えんの!?」
ジェレミーが驚くのも無理はない。
少なくとも、彼がここに来てからシグルドが剣を握ったところを見た事なんてなかったのだから。
「ああ。・・・まぁそんなに自慢できる腕前じゃないが。」
言葉を濁すように笑って、俺相手では不満か?と続ける。
不満なんて、あるはずがない。
ジェレミーにとっては嬉しい限りだ。
ホッと軽快に身体を起こし、剣を握り締める。
「言っとくけど俺、これは負けるつもりないからな。」
「・・・それは楽しみだ。」
笑いながら言ったシグルドの瞳が、すっと細められる。

それと同時に突き刺さったすさまじい殺気に圧倒されながら、ジェレミーも高揚する自身を感じ、口元に笑みが浮かんだ。


「いくぜぇっっ!!」





同じ頃、ハーヴェイといえばふてくされていた。
そして昼間から酒をかっくらっていた。

以前の戦いから毎日毎日あいつはシグルドシグルドって・・・なんなんだよ!

酒を片手にブツブツと何事か呟いている。

シグルドもシグルドだぜ、さっさとやめちまえばいいのによぉ・・・

片肘をついてしばらくはぐびぐびと酒を煽っていたが、だんだんと身体が傾いてくる。
そのままテーブルに突っ伏すような体勢にまでずれ込んだ。

シグルドはなぁ、俺のもんなんだぜ!

本当はとっても叫びたい衝動に駆られていたが、心の中で思うだけにする。
いつだったか同じようなことを口走った時、シグルドがマジ怒りしたのを思い出したからだ。
ただでさえこんな状態で一緒に過ごす時間が少ないのに、怒らせてしまったら会うことすら許してくれなくなる。

ちくしょーちくしょー!

あくまで小声で、何度も何度も愚痴をこぼした。


その様子を酒場のオヤジはやれやれといった様子で見ている。
オヤジにとってもこんな風景はここ毎日のもので、いい加減慣れてしまった。
さぁそろそろ止めてやるか。
カウンターに声をかけるオヤジは、実は程々にするようにシグルドから頼まれていたりする。
さすが夫婦(?)、旦那の行動はしっかり把握済みなんだな。
変に感心しながら、酒瓶から手を離さないハーヴェイを何とか宥めた。





「くっ・・・」

喉下に細身の剣先が突きつけられ、ジェレミーは苦しそうに声を漏らす事しかできなかった。
持っていたはずの剣は、既に遠くへ弾かれている。

一瞬視線が絡んだ後、シグルドはゆっくりとした動作で剣先を引いた。


「・・・うわぁ・・・・・・」
それだけを呟いて、ジェレミーの身体が倒れた。
正確には尻餅をついただけであるが。
一方のシグルドといえば、汗はうっすらとかいているものの、まだまだ余裕のありそうな顔をして立っている。

「・・・シグルドさん・・・強すぎ・・・」
信じられねー・・・と続けながらゴロリと寝転がった。
ふふ、と笑みを浮かべて自身が弾いた剣を拾ったシグルドは、ジェレミーの横に座る。
「ちくしょー、剣なら絶対に負けない自信あったのに・・・かっこわりぃ・・・」
恨めしそうに言うジェレミーは、まだ息も整っていない。
「いや、強いと思うが。ただお前は動きが大きすぎるな。その分隙が多くなる。」
俺は同じ剣でも軽い物を使うから、そういう相性もあるんだろう。
涼しい顔で言ったシグルドをじっと見つめて、大きなため息をつきたい気分になった。
「それにしたってその強さは反則だぜ。ホントの持ち武器でもないのに何でそんなに扱えんの?」
「俺ももともとの得物は剣だったからな。使っていた時期だけで言えばナイフよりも多分長いと思うぞ。」
へぇ、と答えてジェレミーはふと気がついた。

それはつまり経験の長い剣をやめてわざわざナイフに得物を変えたという訳で。

「なんで変えたの?」


ジェレミーからすれば純粋に気になっただけのことだ。
しかし、彼は聞かなければよかったと後悔することになる。





酒場のオヤジに追い出され、ハーヴェイはトボトボと自室へ向かって歩いていた。
その足取りがなんとなくゆっくりなのは、何も酒のせいだけではないだろう。

はぁ、とため息をついたところで、向こうの方に人影を見た。


「・・・アレ?」

思わず口に出してしまったのは、それがいつもならまだ相棒といるはずのジェレミーだったからだ。
何でお前が、と言いかけて思わず口を噤む。

なぜかジェレミーがこちらを思いっきり睨んでいた。

「な、何だよ・・・」
「俺!俺はなぁ・・・・・・!」

睨みつけられて、いきなり怒鳴られて、ハーヴェイはわけがわからない。
そしてジェレミーもジェレミーで、苦虫を潰したような顔で続きを言わない。
無視していくか。

ハーヴェイはそう思い足を踏み出そうとした。


と。

「お前には絶対負けないからなっっ!!」


子どもがわめくように言い捨ててジェレミーは走り去った。



「・・・なんだぁ?」
取り残されたハーヴェイはそう呟いて、頭をポリポリかく。
そしてまいっかと結論付けて、再び歩き出した。

しょせんはジェレミーのこと、どうでもよかったらしい。
それよりジェレミーがこんなところを歩いているということはもしかして。
ハーヴェイにとってはそちらの方が大事だった。





勢いよく扉を開けて、開口一番に愛しい人の名を呼ぶ。
「ああハーヴェイ、戻ったのか。」
着替えを手にしていたシグルドが、こちらを振り向き微笑む。
オヤジさんに迷惑はかけていないだろうな、とちょっと呆れたような言葉には答えず、まくしたてるようにハーヴェイが口を開いた。
「珍しく早いじゃねぇか!もう終わったのか?」

その顔はまさしく、ようやく帰ったご主人様を満面の笑みで迎える犬、だ。

やれやれ、とまんざらでもない様子でハーヴェイを見つめ、シグルドがああと答える。
「今日はいつもの練習と、息抜き代わりに剣で手合わせをしたんだが・・・」
「ん?」
「その後急に今日はもうやめるって言ってな。早々に切り上げたんだ。」
「はぁ?なんだそりゃ。あ、でもさっきあいつにあった時、ちょっと変だったなぁ。」

なんかあったのか、と問うと、シグルドは首を傾げる。

「特に何もなかったと思うが・・・ただ会話をしただけだ。」
「どんな?」
「俺が剣も使っていたという話をして、ジェレミーが何で武器を変えたのか聞いてきたんだ。」
「・・・で?」
「ええと。」



ハーヴェイがいるからな。

あいつが剣を使うから、俺は必要なくなったんだ。



「って。おい、ハーヴェイ?」
聞いたハーヴェイは床に突っ伏していた。


か・・・可愛すぎる・・・何だこの男わ!

つーか、マジ嬉しいぞおい!!


「・・・あー、俺、何であいつがやめるとか言い出したのかわかったわ・・・」
「え、何でだ?」
「お前はわかんなくっていいよ。」



全く、この恋人と来たら本当に天然ボケなのだから。
今の言葉がまんまノロケになってるって事、何でわかんないかなぁ。


・・・そこがいいんだけどさ。



なんでだと納得できていないシグルドをまぁまぁと宥めつつ、さりげなく話題転換する。
「なんかさっき着替え持ってたけど。どうするんだそれ。」
「ああ、これは風呂に行こうかと思ったんだが・・・・・・行くか?」
そんな申し出を、ハーヴェイが断るわけがない。
「行くっ!」
パパッと着替えを用意して、シグルドの背中を押した。

「さぁさ、いこうぜ〜♪」

「なんで今日はそんなに機嫌がいいんだ?」

「・・・ホントお前って・・・お前が風呂に誘ってくれたからって事にしとくよ。」

「???」

「あはははは。」

首をかしげたままのシグルドの背中をぐいぐいと押す。
彼の背後でハーヴェイの顔がニマニマ笑いになっていたのは言うまでもない。





さて、いちばん可哀相なのは、だれ?





end

話がまとまらなくて思い切り苦労しました。
とりあえず素で惚気るシグルドを書きたかったんです。
彼の天然ボケっぷりが上手く書けているとよいのですが・・・

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