愛しい人
ミドルポートへ上陸すると決まった時、あいつは言った。
自分は同行者からはずして欲しい、と。
サキを始め、他の人間はシグルドが何でそんなことを言い出したかわからなかっただろう。
けど俺や、キカ様達一部の人間には思い当たるものがあって。
思わず、まあいいじゃねぇか、なんて口に出してた。
軍師さんの「判断はサキがすることだ。」って言葉で最終的なところはサキの手に委ねられたけれど。
そして結局シグルドは同行者に選ばれなかった。
ホッと胸をなでおろしたあいつに声をかけることは、俺にはできなかった。
言いたくてもいえない言葉がのどの奥で絡まって、すごく気持ちが悪い。
お前、まだ『あの時』のこと、忘れられないのかよ・・・?
港から街中へ向かおうとするサキの後ろを歩きながら、俺は後方を一瞥する。
そこにはいつもより表情を硬くしたシグルドがいた。
何度目かになるミドルポートへの訪問。
サキの気まぐれなのか、何か重要な理由があるのか、今回の同行者の名簿にははっきりとシグルドの名が記されていて。
それを知った時のあいつの顔を、俺はしっかりと覚えている。
一瞬時が止まったように表情をなくして、それから小さくため息をついた。
苦しそうに、俺には見えた。
けれど軍主の指示にはよっぽどでない限り意見することなどできない事は俺もシグルドも知っている。
文句を言うことなく、シグルドは承知をしたけれど、やっぱりつらそうだった。
上陸する前からだんだん表情を硬くしていったのを、俺は隣で見ている。
一度大丈夫かと問いかけた俺を見つめ、大丈夫だと笑った。
でも、そうかと素直には言えない、そんな感じだった。
シグルドのことを気にかけつつ、俺達は街の入り口まで移動して・・・
そしてキーンという男に会った。
昔のシグルドを知るという男。
鋭い眼光がシグルドを射抜き続けていた。
あの男が去った後、俺はシグルドの顔を窺ったけれど、やっぱり表情は読めなかった。
いや、違う、つらいという表情すら、この時はきっと出せなかったんだ。
シグルドのことがとても気にはなったけど、こいつはつらいからと他人に頼るようなやつじゃない。
・・・そんな性格ならとっとと俺を頼っているに決まっている。
仮にも『恋人』の、俺がいるんだから。
だからしょうがないとはわかっているが、どうしても煮え切らない思いは消えない。
なんとも消化しきれない気持ちを胸に抱えながら、俺は歩いた。
それからしばらく、領主の館とか、施設街をぐるぐる回って、ちょっと疲れたなーなんて思って。
とんでもないことに気づく。
「おいサキ!あいつは!?」
「シグルド?それならさっき・・・」
街外れの辺りで別れたって!?
何で俺、気づかなかったんだよ!
すると自分に言ったつもりの言葉が聞こえていたらしくサキが教えてくれた。
「ハーヴェイ、トイレに行ってた。」
あ・・・そう、だっけ。
とにかく!と、シグルドがいらないなら別に俺もいいよな?と強引に納得させ、一行と別れる。
この街をあいつがのんきにうろつくとは到底思えない。
行くとすれば、思い当たる場所は1つ。
道は覚えてた。
この島に来て、あいつがここに寄らないはずがない。
だから俺は確信を持っていたのだけれど。
「・・・いない・・・・・・」
たどり着いたその敷地内にはかつて建物だった残骸が痛ましい姿で残っているばかり。
そこにはシグルドどころが人一人として存在しなかった。
「おかしいな・・・」
俺は間違っていないはずだ。
でも実際にあいつはいなくて。
どういうことだと少しその荒れた地を歩いた。
敷地内をまっすぐ行った奥まったところ、俺はその場にそぐわないものを見つけた。
ひっそりとそびえ立つ俺の膝ぐらいの石。
その前に一輪の花が咲いている。
いや、近づいてそれは咲いているのでなく、置かれているのだとわかった。
そして気づく。
やっぱりシグルドはここに来ていたんだ。
この花はあいつが置いたものに違いない。
・・・ということは、この石は・・・『あの人たち』の・・・
俺は膝をついて一度その石に祈ってから、後を追うことにした。
辺りは夕暮れを通り越し、すでに暗闇が降りてきていた。
緩やかな波の音がこだまする防波堤。
でっぱりに腰掛ける見知った後ろ姿を見つけて、俺はようやく安心できた気がした。
「シグ・・・」
言いかけて、言葉に詰まった。
あいつの陰から飛び出した、幼い女の子。
楽しそうに何かを話しかけて、シグルドもそれに笑顔で応える。
ほんの数秒の会話、その後女の子は手を振りながら去っていった。
それを見つめるシグルドはとても優しい瞳をしていて・・・少しだけ、悲しそうだった。
また、昼間のようなモヤモヤがこみ上げてきて、ひどくむかついて。
なんだか、俺の方が泣きそうになった。
「ハーヴェイ、いるんだろう。」
突然かけられた声に、俺は訳もなくわたわたしてしまった。
「・・・ハーヴェイ?」
「おう、いるぜ。なんだよ、知ってたのかよ。」
意識したつもりはなかったけどちょっと不自然な、明るい声になった。
シグルドは何にも言わなかったし、俺も言うつもりはなかったからそれには触れなかった。
ただ静かに、笑みを浮かべていた。
「わざわざ迎えに来たのか?」
隣に立った俺に、こちらを向くでもなくそのままの顔で笑った。
おそらく、俺がどうしてここに来たのかシグルドはわかっている。
わかっていて、そんな風にはぐらかすのは触れて欲しくないからなのか。
あいにく俺は人の感情に聡いわけじゃない。
「・・・なんで来たのかなんて、わかってんだろ。」
抑揚のない囁きが、防波堤に響く。
シグルドは声もなく笑って、そうだな、と呟いた。
「ここから、夕日に染まり、やがて暗闇に身を染めていく海を見るのが好きだった・・・」
時間さえあれば、見に来ていた気がするよ。
俺は思わずシグルドを見つめた。
先程と同じ、温かい、愛おしむ様な瞳で海を見続けていた。
「・・・お前は優しいな・・・・・・」
「なっ、何言ってんだよいきなり。」
「俺はそんなに・・・危なく見えるか。」
「シグルド?」
そうだよ、とは言えなかった。
はっきり否定もできなかった。
時折、消えてしまうんじゃないかと心配していたのは、本当だったから。
ふふ、とシグルドはまた笑う。
「心配ばかりかけているような気がするよ・・・だけど。」
続けたシグルドは、やっぱり海を見つめたままで。
俺を再び泣きたい気持ちにさせる。
シグルドはすっと立ち上がった。
「お前が思っているよりずっと、大丈夫なんだ。」
昔のことを、ずっと引きずっているわけじゃない。
ミドルポートに来るのをしぶったのはキーンみたいなやつに会うのが嫌だっただけで。
『あの時』のことがつらいわけじゃないんだ。
「本当に・・・忘れられなくて、つらいんじゃない・・・」
「だけどさ・・・」
わざわざみんなから外れて、あの場所を訪ねてじゃないか。
ここにきて、小さな女の子をあんな瞳で見ていたじゃないか。
「そうじゃない。」
暗闇に包まれある今、吹き付ける風は少しずつ冷たくなってきていた。
ひんやりとした空気が、どこか寂しさを覚えるように。
「つらいわけじゃない。だけど思い出は・・・消えることがないから・・・」
そこへ行けば嫌でも思い出の波が押し寄せてくる。
それは懐かしさを呼び寄せ、そしてほんの少しの寂しさと空しさを感じさせるのだ。
ただ、それだけだ。
「・・・さぁ、そろそろ戻ろうか。きっと待たせてしまっている。」
「俺・・・」
「ん?」
「お前より背が低いこと、今までで一番悔しいよ。」
シグルドのこと、とてもとても抱きしめたいと思った。
でもこうして立ってしまえば抱きしめるではなく、抱きつくになってしまう。
ふと思いついて、俺はシグルドを強引に座らせた。
おい、と言いかけた口を塞いで、強く背を抱く。
頭を抱きこんで、ぎゅっとした。
シグルドは抵抗せずにさせてくれた。
「・・・やっぱりお前は優しいよ。」
腕の中からくぐもった声が聞こえる。
「うるせぇ。優しくなんかねぇ。」
「優しい。」
「違うっての。」
「・・・ありがとう。」
「・・・・・・おぅ。」
暗闇の中で、漣の音だけが優しくその音色を響かせていた―――
end
何が書きたかったんだ、という話(笑)
過保護なハーさんとしっかりしてるつもりのシグさん。
大丈夫だと思っていても、やっぱりつらいものは思い出すとつらい。
そんな時に大切な人が傍にいること、とても安らぐと思うのです。
そして、補足。
『あの時』というのはミドルポートに切り捨てられキカに拾われた時です。
シグルドは当時恋人とその弟と一緒に暮らしていましたが、この時に2人は殺されています。
この辺のくだりはいずれ小説にできたらいいな、と思っています。
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