あなたに正直










ぽかぽかとした陽気のオベルの巨大船の上で。
いつもの甲板のポジション。帆柱に背を預けて座り、ウトウトと船を漕ぐハーヴェイの隣で本を読んでいたシグルドは、隣の眠気が移ったのか ふわぁ と大きな欠伸をして、目をシパシパと瞬かせた。ぐるりと辺りを見回せば、他にも日なたが大好きなネコボルト達が丸まったり大の字になったりしながら昼寝を満喫していて、彼から少し離れた場所に立つキカも、吹き抜ける風に髪を遊ばせたまま、気分良さそうに立っている。ハーヴェイ共々平和な光景に、シグルドの目元は自然と微笑む形となった。

航海は極めて順調。先日まで航行していたイルヤ近郊の海が、相変わらずの陰鬱な気分にさせるような雨続きだったためか、こんな良い天気はやはり気分が良い。雨の間中外に出たくても出られず、不貞腐れていたハーヴェイだ。今回ばかりは起こさずにいてやろう、と再び本へと視線を戻そうとしたシグルドは、丁度甲板に出てきたヘルムートの姿を見つけて、手を上げた。ヘルムートもまたシグルドの姿に気がつくと近づいてきて、おや と傍らで眠りこける存在に気が付く。

「昼寝とは、暢気なものだな。」
「昼飯を食ってから、ずっとこの調子でな。久し振りのまともな日光を満喫しているのさ、きっと。」

どこぞの植物か何かか、と呆れるヘルムートを まぁまぁ と諌めるシグルドは、大概ハーヴェイに甘い男であるのだ。まぁ、それはこのハーヴェイとシグルドのお互いに言える事なのだが。
この軍の下に下った当初、リーダーの采配でこの海賊のコンビの間にポイと放り込まれた時には、非常に独特なこの雰囲気に飲まれて如何ともし難かった。今となっては慣れたというか、上手くスルーする術を身に付けているから良いものの、あの頃は色んな意味で大変だったなぁ、と思い出すヘルムートである。

「確かに、近頃は大きな衝突や戦闘も無いから、気が抜ける気持ちも分からないでもないが…。」
「最近は引き網や交易続きだったからなぁ…。」

何だかんだ言って結局のんびりと午後を過ごしている美青年攻撃三人組だ。
しかしその平和な一時は、見張りに立つニコが何事かを叫んだのを皮切りに、突如として破られてしまったのだった。



「う、わぁぁぁ!!来ます!下から、来ます!!」



「何?」
「下…?」

甲板で寛いでいた面々が、いぶかしんだ瞬間に

ドォォン という音と共に、物凄い衝撃が

下から突き上げるように、来た。




「っ!?」




一瞬、浮き上がったような感覚さえ感じ、続いて船全体が左右に激しく揺れて。シグルド達は甲板の上に投げ出されて転がる形となった。
流石に転覆は免れたものの、こんな巨大な船を下から揺るがすような存在があるとは。見張り台の柵に懸命にしがみ付いて、辛うじて海に投げ出されずにすんでいたニコが張り上げる声が、甲板に転がる者達の耳に届いた。

「も、モンスターです!しかもとびっきり大きい…あの影の形はリヴァイアサンです!」

まさかこの海域で!?
ギョッとする面々の目の前の海水が盛り上がって、そうして姿を現した巨体は、確かにリヴァイアサンと呼ばれる厄介なモンスターだった。しかも通常の個体より二回りは大きいだろうか。



慣れた海域、不穏な気配など微塵も見せぬ快晴の空。イルヤの海域を抜けたばかりということも手伝って、油断していたとしか言い様が無い。予期せぬ大物の急襲に加え、未だに揺れの収まらない甲板に立つ者たちの対応は、僅かに遅れた。
太く強靭な尾が振り上げられ、船体に向かって叩きつけられると、甲板の表面板いとも容易く剥ぎ取られていった。惨状を横目に見て、何とか転がった態勢から立て直したシグルドは、咄嗟に視界に首領と相棒の姿を捉えようと首を巡らせた。

「キカ様、ハーヴェイ!」

状況のつかめぬ船内はパニックに陥っているのだろう。下から様々な音が響いてきて、シグルドは同じ甲板上にいるというのに、声を張り上げて名を呼ばわらなければならなかった。
転がるチープーを助け起こしているキカの姿を確認し、帆柱の影から剣を抜き放ちながら立ち上がるハーヴェイの姿もまた確認して、シグルドはひとまず二人が海に投げ出されていなかったことに安堵した。
未だに左右へ酷く揺れる足場に、苦心して立ち上がるヘルムートも背後にいる。シグルドもまた立ち上がると、それを見つけたハーヴェイが、嵐に揉まれた際にするような感覚でトントンと側まで移動してきた。

「おい、いきなりとんでもねぇ目覚ましだな!」
「俺は起こす気はなかったんだがな。」
「しかし下から来るとは…今までに無いパターンではないか?」
「さーな、船の腹をでっけぇクジラとでも間違えたんじゃねぇの!?」

更に尾が振られて、2撃目は咄嗟にしゃがんだ3人の頭上ギリギリを掠めていった。あんなものをまともに受けてしまえば、まず間違いなくただではいられまい。

「ハーヴェイ、シグルド、行くぞ!」
『はい!』

船上へと飛び掛ってきたリヴァイアサンへと向かって駆け出したキカに続いてハーヴェイも地を蹴り、シグルドはその二人を援護すべく、まず牽制の一手を敵へと向けて放った。
翼の付け根を狙ったシグルドのナイフに気を取られたリヴァイアサンは、ハーヴェイによって尾に刃を入れられ、そうして懐へと飛び込んだキカの紋章によって幾重にも刃の洗礼を受ける。見事な連携によって与えたダメージには、相手をもだえさせる威力があった。そしてヘルムートの口から紡がれた言葉によって、その巨体は風の刃に包まれる。

「風よ、切り裂きの嵐を!」

ヒュッと甲板を走り抜けた風は、リヴァイアサンを包み込んだ途端に鋭利な刃となって、その鱗を容赦無く剥ぎ取っていった。
痛みに咆哮を上げたリヴァイアサンも黙ってはおらず、口から吐き出されたブレスが近くに居たキカとハーヴェイの肌を焼き、ついで尾を唸らせて発生させたカマイタチが、後ろに控えるシグルドとヘルムートに襲い掛かった。

「っ!」
「シグルド!」

上手いこと避けられずに、シグルドが鋭い衝撃によって腕の肉を裂かれると、鮮血の飛沫が甲板の上に散る。名を呼ぶハーヴェイの声が響いたが、シグルドはそれに「目の前の敵に集中していろ、馬鹿!」と叫び返して、右手の紋章を発動させた。

「水よ、我等を癒す優しき流れを…」

すぐさまブレスによって焼かれたキカたちの肌やアチコチに出来た傷を水は癒していったが、シグルドが腕に受けた傷は完全に塞がりきらなかった。それでも随分マシになった、とナイフを投げられることを確認して。今度はヘルムートも切り掛かりに行き、そんな彼等をサポートすべくシグルドはナイフを構えた。

しかし、次にリヴァイアサンに与えられた攻撃は、剣でもナイフでもなかった。

チカッと視界の端で光が瞬いたと思いきや、次の瞬間、もの凄い轟音と共に大きな電撃の柱がモンスターを貫いたのだ。
ビリビリと鼓膜を振るわせる衝撃に思わず耳を塞いでいたシグルドは、船室に続くドアの前に立つリーダーと紋章師ジーンの姿を認めた。
未だに電撃の名残をパリパリと手元に残した妖艶なる紋章師は、たおやかな笑みを周囲に向けた。

「ふふふ、間に合ったみたいね。しかも丁度仕留められたみたいで、よかったわ。」

ハッ、とリヴァイアサンに意識を戻せば、黒焦げになりながら ズン と甲板の上に落ち伏すところだった。さすがにあの強烈なる一撃を受けて、生き残ってはおれなかったのか。
一同はほっと息を抜いて武器を下ろした。船の揺れはやっと収まりかけていて、いかにこの巨大なモンスターの力が強かったかを物語っている。きっと船内は凄いことになっているのだろう、と思えばうんざりするが、問題はこの船上を占拠せんばかりに圧し掛かったままのモンスターの処理をどうするか、だった。こんもりと小山のようなソレを見上げリーダーは呆れたような溜息をついて、シグルドも相次ぐ衝撃に苛まれた船が少し心配になった。まぁ海戦となればこんな衝撃の比ではない時もあるのだと分かってはいたが。

「このままでは船に負担をかけてしまいますね。船の最下層もダメージを負ったでしょうに。」
「…船の底は、配管でトーブさんにすぐ調べるよう伝えておいたから大丈夫だとは思うけど。リヴァイアサンはただえさえ何時も苦労してるのに、こうも大きいと厄介だね。」
「では切り分けて投げ捨てるか?」
「…キカ様、それはちょっと生々しいかもしんねぇ。」
「でも、それが一番現実的かもね。ちょっと皆を呼んでくる。」

船内へと向かって踵を返したリーダーに一同が気を取られた時だった、ハーヴェイは視界の端で蠢く気配を感じて、咄嗟に後ろを振り返った。
そこにはなんと、死んだと思っていたリヴァイアサンがその頭をゆっくりともたげ、丁度目の前で背中を向けていたシグルドの背中に、今にも勢い良く噛み付かんとしていたのだった。


今から剣を突き立てたとしても、その勢いを殺すことは、おそらく出来ない。

瞬間にそう判断したハーヴェイの体は、反射的に動いていた。


鋭い牙が、シグルドの背中に食いつく前に…



―――間に合え!



「っシグルド!!」





切羽詰まったハーヴェイの声と共に、背中を強く押された。

そうシグルドが認識した時には、事は既に起こってしまっていた。



たたらを踏んで、振り向いた視界の先で

その鋭い牙に体を貫かれているハーヴェイの…―――



背中から生えたように見える牙の先端からは

紅い紅い血がボタボタと染み出し

…甲板に嫌な染みをつくっていって。



「ハ…ヴェ……?」



シグルドの思考は、真っ白な衝撃に押し流された。








* * * *








パタパタと廊下を歩く足音で、ハーヴェイは目を覚ました。
いつもの船室。ハーヴェイとシグルドの部屋だ。

薄ぼんやりと室内を照らし出すランプの光は、どうやら光源を落としているのではなく、そろそろ油が切れかけているから、らしい。
微妙に傷む体の節々にへき易しながらふいに顔を横に向けたハーヴェイは、彼のすぐ横で、彼が横たわる寝台に突っ伏すようにして静かな寝息を立てるシグルドの姿を見つけた。

(どんな状況だ、こりゃ?―――あぁ、そっか。)

寝起きの鈍い思考をフル回転させて、思い出した記憶はシグルドを庇うことができた、とそう認識出来た直後に感じた激痛の後、途切れていた。

「つまり、俺様自身は見事に負傷、ってか?」

庇って自滅、だなんて情けない…。けれどもシグルドを守ることが出来た、そんな自己満足も確かにあったから。ハーヴェイは目を覚ます気配の無いシグルドを見下ろしながら、安堵感とちょっとした優越感に浸っていた。
シグルドの肌にあんな牙が食い込むだなんて、シグルドに血を流させるだなんて、とんでもなく許し難いことだ、とハーヴェイは思う。突っ伏すシグルドの腕には、あの戦闘の時についた傷があるのだろう、白い包帯が丁寧に巻きつけられていて、これさえも不愉快だと思ってしまうというのに。
同じ男であるとは重々承知であったが、それでもシグルドには傷を増やして欲しくなかった。そんなヤワな男ではないと分かってはいても。

そういえば、とハーヴェイがシャツをベロリと捲って傷口を確認すれば、そこには嘘みたいに何の跡も見当たらなかった。あの牙にやられたのなら、結構深かった筈なんだけど、と首を捻る。この船の医師、ユウの腕前がよっぽど良かったのか、それとも―――
ハーヴェイの視線は、そのままシグルドの右手甲へと注がれた。
―――それとも、シグルドが癒してくれたのか。

眠る顔にそっと手を添えて、よくよく見てみれば、シグルドの頬が少しこけてしまっているような気がする。目の下にも、深い疲れの跡が見えて、もしかしたら、またコイツに無茶をさせてしまったんじゃないか、とハーヴェイは思い至った。
そうだ、きっとそうに違いない。
さっきの優越感から一転、ザーッとハーヴェイが顔色を変えたとき、それまで身じろぎもしなかったシグルドが、「うん…」と声を上げて。その瞼をゆっくりと持ち上げた。

ぼんやりとした瞳が、その中にハーヴェイの姿を映し出して。
ハーヴェイが、目覚めている。
そう認識した途端、シグルドの目は引き攣れたように見開かれた。

「は、ハーヴェイ!」

ガバッと起き上がったものの、急な動きに立ち眩みを起こしたシグルドを、ハーヴェイの腕がすかさず支えてやった。その腕に支えられた格好で、それでもシグルドはハーヴェイに向かって腕をのばし、確かめるようにして、ハーヴェイの顔の輪郭を手で包み込んだ。
そのまま強くハーヴェイに抱きこまれても、シグルドはハーヴェイの肩口に顔を埋めたまま、ジッと何かを噛み締めるように、またある衝動に耐えるようにして押し黙っていた。
ハーヴェイもまたシグルドを掻き抱いたまま、あの時間に合わなかったとしたら、もしかしたら失われていたかもしれない、この腕の中の体温の無事を確かめて。改めて安堵する。
暫くの間、無言で互いに体温を分かち合っていた二人だったが、そっとハーヴェイの腕の力が緩んだのを皮切りに、シグルドが口を開いた。
その第一声は、

「…ハーヴェイ、この大馬鹿野郎!」

面食らうハーヴェイに向かって、シグルドのキッと鋭い視線が寄越された。







* * * *







「お前って奴は、どうしてそう考え無しなんだ!」
「スンマセン。」
「わざわざ庇いに行って、死にかける奴がいるか!」
「もう本当、ごめんなさい。」

大の大人の男二人が互いに寝台の上に正座し合って、方や説教を垂れ、方やひたすら土下座をし続けるという、奇妙な光景がその部屋では展開されていた。
ハーヴェイとしては、もっと色っぽい方向で喜びを表現して欲しいものだったが。これがシグルドなりに心配して、心配して、その結果であるのだから。例え表現方法がお説教という形になっていても、土下座も素直にできようというものだ。

「庇ったお前はそれで満足なのかもしれないがな、それで死にかけられた時の相手のことも考えろ!」
「いや、死にかけるつもりは無かったんだけどよ。(結果はともかく。)」
「しかもキカ様を庇うならともかく、俺なんかを庇って!」
「…あー。」

そろそろ雲行きが怪しくなってきた。
そう思ってハーヴェイがチラリと顔を上げると、いつの間にかシグルドの顔は伏せられていて、表情は歪み強張っていて。

「大体あの時、リヴァイアサンに襲われたかもしれない範囲には、キカ様も居ただろう?」
「…おい。」
「それを放って、何をお前は―――」
「シグルド。」
「…何だ?」

説教を遮られた形となったシグルドだったが、顔を上げられないままでいると、ふいにハーヴェイの腕が背中に回されて、抱きしめられた。寄せられた口から、耳元に声が落とされて、知らず身体は震えてしまう。

「ちゃんとコッチ見ろって、コラ。」
「…俺は、怒っているんだぞ、ハーヴェイ。」
「知ってる。でも、お前は知らねぇだろ?今、俺だって怒ってるんだぜ?」

意外な言葉に思わず視界が上がると、すかさずハーヴェイの手によって顎が掬い取られて、視線を嫌がおうにでも合わされてしまった。柔らかい声音とは裏腹に、確かにその瞳には不機嫌な色が宿っていて、今度は逆にシグルドがたじろぐ側となってしまう。

「…何でハーヴェイが怒るんだ?」
「何でって、お前がいつまで経っても往生際の悪ぃことしてるから。」
「往生際?俺がいつそんなことを…」

疑問に開いた口は、近付いてきたハーヴェイの唇によって塞がれ。ジワリと体重をかけられた身体は、後ろに向かって倒れ込んだ。それを押し返す程の元気が残っていないシグルドは、覆い被さるハーヴェイによって、呆気なくシーツの上に縫い付けられる格好となる。
ついばむようなキスから開放されて、見上げたハーヴェイの顔は、光源の具合で影掛かって上手く読み取れない。それに不安を感じて、シグルドの瞼は僅かに震えた。

「往生際が悪ぃよ。もう分かってるのに、最後の最後まで認めようとしねぇんだもん。」
「…ハーヴェイ…。」
「…俺が死ぬかもって思ったら、もうどうしようもなくなっちまった?」
「!!」

強張った表情に、「あぁ、やっぱり。」と密かに笑みを落として。

「シグルドを心配させたことについては、俺が悪かった。もう二度とあんなヘマはしねぇよ。でも、お前を庇うのは止めないから。」
「! どう、して!」
「だってシグルドは、俺のモンだし?キカ様に捧げた命と忠誠以外は、全部俺のモンだから。だからあんなザコにシグルドが大きな傷つけられるのは、我慢なんねぇし。跡が残るなんて、最悪じゃん?」
「だ、誰がお前のモノだと…。」
「ほら、往生際の悪い…でも、少なくとももう ココ は俺のもんだろ?」

ゆっくりとシグルドの上着を肌蹴させて、現れた白い肌に手のひらを這わせれば トクトク という心臓のリズムを感じる。命を主張するその上に優しく口付けを落として、ハーヴェイは不敵に笑った。
ココ は、 ココロ はもう自分のモノだと主張するハーヴェイに、シグルドは反射的に口を開いたが、どこからどうやっても否定の言葉が出て来ないことに気付いてしまった。
言葉に詰まってしまったシグルドを満足そうに見下ろして、ハーヴェイは再度シグルドの耳に「だいたい…」と言葉を吹き込んだ。

「男が心底惚れ込んだ相手を守ろうと思うのは、当たり前の事だからな。」

ヒュッと息を飲む気配がして、「そんなのは女相手に言う言葉だろう」とか「キャラが違うんじゃないのか」とか悪態をつかれたが、首元までが真っ赤な姿で言われたのでは全く意味が無い。思わず鮮やかに染まった首にハーヴェイが顔を寄せて甘く吸い立てると、熱の灯り始めた目で睨み返されて。


「だったら、俺がお前をかばっても文句を言うなよ!…それが、当たり前なんだろう?」


じんわりと体中を駆け抜けた感覚は、間違いなく「愛しさ」というものに違いない。


「やっばいぐらい 良いお返事だぜ、シグルド…。」



遂にはランプの火が消えてしまっても、湧き上がった衝動が止まることはなかった。







* * * *






ノックの後にドアを開けたヘルムートは、中の光景を目にした途端自分の間の悪さを呪った。

寝台の上でシーツを巻きつけただけの状態で眠るシグルド。それを馬鹿がつく程とろけそうな顔で見下ろしていたハーヴェイは、気まずさ全開のヘルムートに向かって軽く手をあげてみせた。

「よっ、世話かけちまったみたいだな。」
「…元気そうでなにより。一応、シグルド用に持ってきた食事だが…お前が食べるか?」
「おー、ナイスタイミング!もう腹減って仕方なかったんだよ。」

渡されたトレーの上の料理を(一応の)怪我人とは思えない食べっぷりで平らげるハーヴェイを、ヘルムートはいっそ関心して見守った。(というか、シグルドのあられもない姿をなるべく視界に入れないようにするには、ハーヴェイを観察しているしかなかったのだが。)
何かが違う気がするが、シグルドもこれでちゃんとした睡眠をやっととれたのだし、よしとするべきなのだろうか。溜息をついたヘルムートを、最後の皿を綺麗に空けたハーヴェイが不思議そう見た。

「どしたんだよ?」
「いや…ハーヴェイ、あまりシグルドに無茶をさせるなよ。どうやらお前が唯一のストッパーのようだからな。」

どちらかというと、普段はハーヴェイのストッパー役だと言われるシグルドだ。その反対を言われて変な顔をしたハーヴェイに、ヘルムートはハーヴェイがシグルドを庇った直後のことを話してやった。






実際には、牙に貫かれた状態のハーヴェイが、どうやって救出されたかをシグルドは覚えていないに違いない。
ただ、ヘルムートたちの手によって牙から引き抜かれたハーヴェイの身体を、地面に落ちる前に受け止めたのはシグルドだった。そして血に染まった身体を抱きしめたまま、自らの紋章力の続く限り、ありったけの水の癒しの力を送り込み続けたのだ。

ヘタをすれば死んでしまうような重傷を癒すには、相当の紋章力を要する。
しかし、その傷を殆ど塞ぐ程に回復させて、自身の紋章力をほとんど使い切ってしまって尚、シグルドはその行為を止めなかった。
焦ったのは周囲だ。
ここにきて、ようやくシグルドがまともな判断が出来なくなってしまっていることに気が付いたのだ。
紋章の使用も度が過ぎでしまえば、使役者の精神を破壊しかねない。ハーヴェイを抱き込んで離そうとしないシグルドにキカが首元に手刀を入れ、気を失わせることによって、ようやく紋章の行使を止めさせることが出来たのだった。





「…シグルドは、自分自身で思っている以上に、お前に依存している。…間違っても、もうあんなことは繰り返すなよ?彼のあんな人形じみた姿は、見るに耐えない。」

睨みつけてくるヘルムートに神妙に頷いてみせて、それでもハーヴェイは思わず顔の筋肉が緩むのを抑えられなかった。

「…おい。」
「いや、だってさ。シグルドが普段俺に頼ってくる事なんて、ほとんど無いもんで…愛されてるなぁって。へへへ。」
「馬鹿だ。」
「何とでもー。」

もうどこから突っ込みを入れたら良いのか分からなくなって、ヘルムートはさっさとこの部屋から出ることにした。ハーヴェイが平らげた後のトレーを持って戸口に立った彼は、振り返って言った。

「キカ殿やお前の仲間たちも心配していた。彼が目覚めたら、早く無事な姿を見せてやれ。…特にシグルドの、な。」
「わかってるよ。ん、お前からは伝えてくれねーの?」
「…シグルドのそんな姿を大勢の目の前に晒したいのなら、俺から伝えてやっても良いがな?」
「! わ、やっぱいい。却下。」

苦笑と共に扉が閉められ、静かになった室内でハーヴェイは改めてシグルドの寝顔を見下ろした。
疲れているところに、更に無茶を強いてしまったかもしれない。
でも、普段は見れないシグルドの本音をいくつか垣間見ることが出来て、結構良い目をみたなー、と頭をガリガリ掻いたハーヴェイは、まだ知らない。

この後彼に待ち受けている、ガタガタになった船倉の片付けや修理に駆り出されまくる未来というものを。(勿論リーダーやキカの手回しによる。)



本日ハーヴェイに訪れた幸せな時間は、
とりあえずシグルドが目覚めるまでのあと数時間といったところ。








end

<ぴょーとる様のコメント>
シリアスに見せかけて、実際はただイチャこいてるだけという。
戦闘シーンを書きたかったばっかりに、無駄に長くなった一品です。
そしてヘルムートをちゃんと書いたのは、これが初めてかもしれません。
表美青年3人組はとっても仲良しを推奨。

<タナキからのコメント>
ぴょーとる様のサイト5000hit記念小説をかっぱらってきましたv
ハーヴェイが倒れた時ドキッとしたんですが、最後はこのバカップルぶりに萌え〜♪
私もシグルドってすごく依存してると思っているのでものすごく共感しました。
フリーってことでありがたく持ち帰らせていただきました。
ありがとうございます!

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