永遠の中の一瞬(7)










ここはルルノイエの離宮。

その美しい中庭に、離宮の主であるイオはいた。
その隣には皇女であるジルが。
もう一人の主は、今は遠征中で、二人でお茶会を楽しんでいる。
ジルとはここにイオが来た時からの付き合いで、今では気を許して接することのできる一人だ。

「それにしても、イオ様は変わられましたわ。」
「そう?」
「ええ、前はこんな風に微笑まれることなどありませんでしたから。とても明るくなられましたわ。」
「そうだね・・あの時は本当に僕、どうかしてたんだ。」

少し俯きながら言った言葉に、ジルはハッとする。
「そ、そういえば、イオ様が変わられたのは、二人でどこかへ遠出された後でしたわね。どこへ行かれてたのです?」
急に話題が変わったのは、ジルの思いやりである。
「あれは・・・どこだろう。場所はわからないけど、とても夕陽がきれいなところだった。夕陽がとても大きくて、きれいで・・・」
そこでイオの言葉は途切れる。
あの場所での出来事が、はっきりと思い出された。



夕陽に引き込まれそうになって・・・ルカに助けられた。
ルカは自分の秘密を知っていて、それでも自分を選んでくれた。
何年振りともわからない涙を流して・・・
鮮明に覚えてる。
自分を抱きしめたルカが、耳元でささやいた言葉。
'もう、お前を離さない・・・'



「イオ様。」
「は、はい!?」
突然響いた言葉に、イオは裏返ったような声しか出なかった。
逆にジルはそのイオの声に驚いたようだ。
コホン、と一つ咳払いをしてからジルは言う。

「顔、赤くなってますわよ?」
「えっ!?うそっ!」
あわてて自分の頬を触った。
熱い。
「・・・一体何を考えてらしたのかしら?」
にっこりと微笑まれ、そんな事を言われても・・・
イオは、あはは、と苦笑いをするしかなかった。

「まあいいですわ。お兄様とは、とても仲がよろしいみたいね。とてもよく分かりました。」
「そ、そんな・・・」
その言葉に反応し、イオの顔がいっそう赤くなってしまった。
ジルも、それをわかって言っているようで、その表情はとても満足げだった。
手にしていた紅茶を、一口飲む。

そして。
「お兄様も・・・イオ様と出会って、変わられました。」
「えっ?」
「お兄様は、今まで誰にも気を許したことはなかった・・・。部下達はもちろん、家族である私達にも。お兄様が誰かを必要とする日は・・・きっと来ないと思っていました。でも、イオ様にお会いして、少しずつ変わっていかれた。とても、穏やかな顔をされるようになりました。イオ様には・・・本当に感謝しています。」
「僕は何も・・・」
「いいえ。これからもお兄様のこと、よろしくお願いします。」


「ジル。」
「はい。」
「ルカはね、本当は誰よりも、人を欲していたと思うよ。ただ、すごく不器用で・・・自分の感情を上手く伝えられなかっただけ。それにたまたま気づいたのが僕だったんだよ。きっともう大丈夫だ。それから、お礼を言いたいのは僕のほう。ルカがいなかったら僕は、自分を見失ってた。本当に、感謝している。」
最後の辺りは少し照れたような言い方だった。
(きっと、こんなイオ様だから、お兄様は好きになられたのね。)
ジルはその微笑みを見つめながら感じていた。
「さ、こんな話はもうおしまい。ジル、もう一杯どう?」
「ええ、いただきますわ。」

そして、再び穏やかな時間が流れる――――





そして、また別の日。

遠征からルカが帰ってきた。
イオはその報告を聞くとすぐさま出迎えに行く。
内心とても嬉しかったが、表面上はあくまで冷静に。

離宮を出た辺りで、ジルに呼び止められた。
「何?ジル。」
「今からお兄様の所へ行かれるのですか?今はよした方が・・・」
「え?何で?」
「それが、今兵士から聞いたのですが、お兄様の機嫌がとても悪いらしいのです。ですから・・・」
語尾をにごしたジルの言い方に、相当な事態だということは理解できた。
一瞬考えるようなしぐさをして、イオはにこっと笑いながら言う。
「大丈夫。行って来るね。」
駆け足で行ってしまい、ジルには、もう止めることはできない。
イオの去っていった後を見て、フゥ、とため息をつくのだった。




10メートル先の方から、ピリピリとした空気が漂ってきた。
そこにルカ達がいるのは明白であろう。
「お待ちください!まだ、報告をアガレス様に・・・」
「黙れ!!そんなもの、お前達でやっておけばよいだろう!俺は知らん!!!」
「そんなわけには・・・ルカ様、お待ちを!」
離れたここからでもはっきり聞こえる会話から、ルカの機嫌の程がよく分かる。
クルガン達も、さぞかし苦労したことだろう。
ルカの視線がこちらを向く。

「イオか・・・」
「お帰り、ルカ。」

イオはルカの前で立ち止まると、ルカの顔をじっと見た。

「?何だ?」

無言で、ルカを見続ける。

そして。
「早く離宮に戻ろう?」
ちょっと首を傾け、甘えたような響きでいう。
人前ではあまり見せないその顔に、ルカ自身もびっくりしたようだ。
そんなルカの背中をぐいぐい押し、今自分が来た方向へ戻ろうとする。

「お待ちください、イオ様。まだ仕事が・・・」
クルガンが止めにはいる。
イオは、ルカに、先に行ってて、と言い、クルガンの方へ来た。
「あのね、お願いがあるんだ。」
そう、小声で言った。





ルカを引っ張ってきたのは、あの大木のある中庭だった。
その木にもたれかかるように座り、イオはルカを手招きする。
横に座らせた。
「ここ、とても気持ちいいでしょ?僕大好きなんだ。」
「?あぁ、そうだな・・・」
確かにここは、日もあたってくつろぐにはいい場所だ。
しかし、なぜイオは自分をここへ連れてきたのか。
イオの意図が全くつかめず、わからない、といった顔をする。
イオが、突然こちらを向く。



「疲れてるんでしょ?」


イオはそう言った。
「あまり寝てもいないみたいだし・・・遠征、うまくいかなかったの?」
やわらかい声が紡がれる。

言葉が出ない。

心底、驚いた。

なぜ、分かったのだろう。
誰も、全く気づかなかったのに。
「・・なぜだ?」
「え?」
「どうしてそう思うのかと聞いている。」
「どうしてって・・・ルカの事だもん。分かるよ。」


とろけるような笑顔。
その言葉に、ルカの顔から力が抜けた。
「そうか・・・」
さっきまでの不機嫌な表情はどこかへ行ってしまったようだ。




――――イオがいて、本当に幸せだと思う。



「少し、眠る。」
ルカは大きな体を寝かし、頭はイオの膝へ。
「え!?ちょっ、ルカ!?」
「別にかまわんだろう?」
イオの膝の上、いつもの自信たっぷりの顔でそう言われる。
もう、と、ちょっと困ったような顔をして。
「しょうがないなぁ。・・・・今日だけだよ?」
そう言った。




よほど疲れていたのか。
ルカはもう眠ってしまった。

動けず、何もすることのないイオは、ルカの顔をぼんやり眺めていた。
(ぐっすり眠ってる。)
クスリ、と笑いがこぼれる。

世間では狂皇子やらなんやらと騒がれているが、眠った顔はあどけなく、微笑ましいものだ。
(この腕で、抱きしめられたんだなー。)
腕に、そっと手で触れてみた。
太い腕。

力強いこの腕で、あの時抱きしめられた。
そのまま、髪に触れ、頬に触れ、そして、唇に触れる。

(この唇で・・・キス・・・・したんだよね?・・・)

甘く、切ない思い出。

自分の唇にも触れる。

唇の線をなぞって・・・




(はっ!?ぼ、僕、何考えてるの?)



今。




その唇に触れたいと。


そう感じた。

ぶんぶんと、首を振る。
しかし、顔がみるみる赤くなるのが触らなくてもよく分かってしまう。
(ち、違うったら、もう!!顔!赤くなるな――!!!)
傍から見れば、かなり不可解な行動を、イオはしばらくの間続けたのだった。


その後、火照った顔を覚ますべく、違うものをいろいろ見ていたが、次第に睡魔が襲ってきた。
日差しは、とても心地よく。
イオも眠りへと落ちていった―――――





「クルガン、ルカ様見てねえか?」
「何だ?急ぎの用か?」
「急ぎって程でもないけど・・ほら、この報告書をな。」
それは、本来ルカ自身が書かなければならないもの。
「そうか。では仕方がないな。ついて来い。」
二人は離宮へ足を運んだ。
「あれ?いないぞ。二人ともだ。」
「おかしいな。イオ様のおっしゃられた事から考えて、てっきりここにおられると思ったんだが・・・」
「そういえば、あの時、イオ様はお前になんて言ったんだ?」
「あの時?あぁ、あれか?」



'ルカ、疲れてるみたいなんだ。だから、休ませてあげて?'



「―――イオ様って、すごいのな。」

しみじみ、といった口調でシードは言う。
「あぁ、誰も気づかなかった事だ。やはり、ルカ様自身をしっかり見ておられるのだろう。」
横で、すげえ、すげえ、と連発している相棒は放っておき、二人の行きそうな所を考える。
そして、一つの考えに行き当たった。
いや、あそこしかないだろう。


その場所へ行き、二人の姿を見つける。
そして、目を丸くした。

「何だー?いたのかよ?」
「しっ。」
口元に人差し指を当てて、シードの方へ向き直ると、クルガンは手招きした。
シードは、クルガンの横に立ち、呆然とした。

木の根元には、丸くなって眠るイオ。
そして、その太ももの辺りに、ぐっすりと眠るルカの姿があった。

今まで、こんなにぐっすり眠る主は見たことがなかった。

いや、眠ることすらなかった。

それが、こんなにも安心して眠れるのは―――――イオがそばにいるから。



「・・・どうするよ、これ。」
「起こすわけにはいかないだろう。その書類は自分で書くんだな。」
「げっ・・・まじ?」
「まじ、だ。そんな事より、何か掛ける物でも持って来い。」
あ、そうかと、離宮の方へ戻るシードを見送り、再び二人を見つめる。
(やはりイオ様は、ルカ様になくてはならない存在だ・・)
クルガンは、空を仰ぎ見る。


(このまま、この日々が続くことを・・・)





to be...
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書いてて恥ずかしかったです!!
うぎゃーーー!!!
坊ちゃん何するの――!?
という感じでしたね。
危うく坊ちゃんからの初チュウでした。
いや、本当はさせようかと思ったんですが・・・・私は許しません!!(笑)
この回は、どちらかというと閑話ですね。
前回はルカが坊ちゃんの気持ちを察してたじゃないですか。
なので、今回は坊ちゃんもルカの事をこんなに分かってるんだよ?というところを書きたかったんです。
決して、ただ単に、照れる坊ちゃんを書きたかったというわけでは・・・げふん。
でも、始めのジルとの会話は、完全な趣味ですね(笑)
いつもよりさらに長めですが、読んで下さってありがとうございました。

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