永遠の中の一瞬(6)










「あれは何をしている?」


ここは、城内の執務室。ルカは仕事の真っ最中である。
問いかけられたクルガンは、「いつもの場所に。」と答えた。
「そうか。」
ルカは、深いため息をつく。
それからしばらくの沈黙。
ルカは何かを考えているようで、先ほどまで動かしていた手も止まっている。
(何を考えておられるのか・・・)

と、突然、ルカは立ち上がる。
そしてかけてあったマントを手に取り、部屋を出て行こうとした。
「ど、どこへ行かれるのですか?」
いきなりの行動に驚いたが、それでも、行き先はきちんと聞かねばならない。
すると、出て行く間際、ルカの口が開いた。
「遠乗りに行って来る。後はやっておけ。」
相変わらずいきなりの話だったが、それも日常のことであるし、なぜそんな事を言い出したのかも分かっていた。
なので、あえて止めることもせず、送り出す。



全てはあの方のため――――





空が紅に染まる頃、ルカはクロイツを止める。
そして馬を下りた。
ルカに抱き込まれるようにしてクロイツに乗っていたイオも、地面に下りる。

ルカが連れて来たのは、きついがけの辺りで、そのはるか下には深い森が広がっていた。
なぜこんな場所に連れて来られたのか、訳がわからないイオ。
何気なく空を見上げ、言葉を失った。



そこにあったものは。




大きな夕陽――――



夕陽が何かに遮られることなくその姿をさらしていた。
イオは、ただ静かに夕陽を見ていた。
何かを懐かしむような、そんな顔で。
イオのそんな表情を見、ルカはほっと胸をなでおろした。
心に感動を与えることで、少しでもイオが元に戻ってくれたら・・・
そう思いルカはここまで遠乗りをしたのだ。



そんな油断のせいだったかもしれない。
ルカは見逃していた。
今までただ夕陽に見入っていただけのイオの顔が、少し変わったことを。
イオの瞳がうつろになったことを。


イオが、夕陽に向かって手を伸ばし、歩いてゆく。
ゆっくりと、何かに引き込まれるように。

その方向には・・・崖が。


「イオ!」
その様子が異常であることに気づいたルカが、慌ててイオの腕をつかむ。
が。イオは一向に止まろうとしない。
ルカの方を見ようともせず、まるで、ルカの存在自体に気づいていないようだ。

「僕も・・・行く・・・・待って・・・・・」

それは、夕陽を見つめたままイオの口から発せられた言葉。
足元にあった石のかけらが、カラカラと音をたてて消えていく。
このままではまずい。
手荒なことはしたくなかったが、仕方がない。
ルカは、イオの腕を力任せに引っ張った。
その力に抗うことができず、イオの体は半ばルカの体に倒れこむような形で崩れ落ちた。
イオの顔を覗き込む。
まだ完全に意識は戻っていないようだ。

「ど・・して?」
イオは、顔をゆがめながらいった。

「どうして、行かせてくれないの?僕・・・みんなに会いたいよ・・・」


それは、イオの心の叫び。

イオは、ルカと出会ってから、一度も泣かなかった。
あの、動物達が殺されたときでさえ。
しかし、イオの心はずっと涙を流し続けていたのだ。

苦しい、つらい。助けて。

そうやって、ずっと助けを求めていた。

けれど、誰にも気づかれることなく。

そして、とうとうイオの心は、幻影に助けを求めてしまった。

ここにはいない者に。

'自分の死'をもって、楽になろうとしたのだ。



気づけばイオを強く、強く、抱きしめていた。
「俺ではだめなのか?・・・俺では・・・・お前の支えにはなってやれないのか?」
しぼり出された声。
それは、少し懇願の色も含んでいた。
こいつは、こんなにも苦しんでいる。
俺はこいつを助けることもできないのか!?


しかし。
イオの口から呟かれた言葉は―――――


「だめ・・・だめだよ・・・・」



イオの瞳は揺れていた。
そして、その小さな肩は震えている。まるで、何かにおびえているように。
いまだにうつろな瞳をしたまま、イオの口が再び開く。

「僕は、誰にも愛されちゃいけない・・誰かを愛することも許されないんだ・・・」

「そんなこと、あるはずないだろう!」

首を横に振る。
そして、イオは続ける。



「だめなんだ・・だって僕は――――――――――死神だから・・・・・」





ルカは何もいわない。
イオの声だけがこの崖に響く。
「僕はね、この右手に、死神を飼っている。魂を喰らう者を・・この右手で僕は・・・たくさんの人の魂を喰らった。僕の大好きだった人達も・・みんな死んでしまった。ううん・・・僕が殺したんだ。だから・・僕は――――」


急に、頭が胸に押し付けられる。


「お前が・・イオ・マクドールだということは知っていた。知っていたんだ。」


「今、何て・・・?」

「俺は、お前が森にいた頃から、お前の正体を知っていた。だが、そんな事は、どうでもよかった。だからこの事はお前が話してくれるまで黙っていようと思っていた。」
「どうして!?この紋章が恐くないの?僕はきっと、あなたの魂も・・・」
「そんなこと関係ない。お前を愛している事だけで十分だ。」
「僕は・・・嫌だ!もう、あんな思いは・・・だから、もうすぐ城も出る。僕の事は・・・忘れて。」

イオの体が、ルカから離れる。

「お前は・・・。」



「分かった・・行くがいい。」
イオが、ルカに背を向けた瞬間。

「俺の命もくれてやる!」
そう叫び、ルカは持っていた剣を抜いた。そのまま剣を自分の首へとめがけて・・・



剣が血にまみれた。

ルカの首は―――――なくならなかった。

イオが、その剣を止めたのだ。
その手をもってして。
血まみれの手を痛むことより先に、イオの口が動いた。
「何で!?どうして、こんな事・・・!」
「お前を手に入れられん人生など、生きていても仕方がないだろう。」
「バカ・・・!」
イオはそれ以上の言葉をかけることはできなかった。
ルカのまっすぐな瞳が自分を見つめている。

そして―――――



「素直になれ・・・イオ。」
真剣なまなざし。
「本当のお前は、こんな事を望んではいないのだろう?」
「僕は・・・」
「いい加減、自分を偽るな。・・・苦しかったのだろう?一人きりで生きることは、つらかっただろう?もう苦しむな、お前は一人ではない。」




暖かい言葉。

一つ一つが心に染み入ってくる。

心が――――凍てついていた心が溶ける。




「僕は・・・あなたの側にいて・・・・いいの?」




涙が流れた。

初めて見せた、涙。


それはとても美しかった・・・



ルカは、改めて、イオを抱きしめる。





'神様・・・・もう少しだけ・・・僕を人間でいさせてください・・・・'




ルカの腕の中、イオはそう強く願った。





to be...              ←5  →7
                    

やっと、告白編・・・
あ、この時のルカ様は、甲冑をつけてない設定です。
じゃないと、イオを抱きしめられないじゃないですか(笑)
しかし、うちのルカ様は、抱きしめるのが好きらしいです。
何なんだ、お前ら・・・(汗)
次はちょっと閑話の予定です。

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