守りたかった
この命に 代えても
守りたかった
大切な―――――
墓標 1
目に飛び込んできたのは波間に漂う黒髪。
その青年が乗りかかっている木の切れ端は、報告にあった船の残骸と見て間違いないだろう。
予定ではもう少し船の形をしたものがこの近くにあるはずだったが、見当たらないのは沈んでしまったからか。
とりあえず自分達に害がなさそうならば何も問題はない。
船らしきものには既に興味が失せていたハーヴェイが気になるのは、目の前に浮かぶ木片。
そしてそれにくっついている青年。
この船の上からでは、生きているかどうかもわからない。
海賊である自分達がわざわざそれを確認する義理はないのであるが、ハーヴェイは自身の部下に指示を出した。
そして、彼自身がそれを引き上げる。
数々の裂傷。
冷たい身体。
けれど、微かに息があった。
ハーヴェイは何の迷いもなく、その青年を連れて帰ることにした。
背中に刃物で切りつけられたような傷があるが、それも含めて命に別状はないこと。
けれど、かなり衰弱しているので、とにかく今は休ませることが大事だ、と。
それが医者の見立てだった。
目の前で血の気の引いた顔を晒しながら眠り続ける青年をハーヴェイは見つめる。
もしかして、と思っていたが、やはり間違いない。
この青年を、ハーヴェイは知っていた。
3ヶ月ほど前だったか。
ハーヴェイたちはあくどい方法で儲ける商船を狙った。
そしてその船を守ろうとするミドルポートの艦隊との小競り合い。
白兵戦になり、それを得意とするハーヴェイは我先にと相手船へ乗り込んだ。
意外に骨のある輩相手に、密かに心躍らせ。
1人をなぎ倒したところで、ハーヴェイの動きが止まる。
―――流れるような黒髪に、惹かれた。
ただでさえ目立つ長身に、整った顔立ち。
美しい部類に入るであろうそれは、戦いの中にあっても余裕を感じさせた。
何よりその動き。
1つにまとめられた長い髪が流れるたび、細身の剣が踊るたび近くの人間が崩れ落ちる。
それはまるで舞を舞っているかのようだった。
動き一つに心奪われる。
音も、時も、何もかも凍りつき、ただ青年の動きだけが目に焼きつくかのような感覚。
やがて、お互いの。
視線が絡み合った―――――
かちり。
まるで破片が重なり合ったかのように、もう、はずすことはできなくて。
惹かれるように、近づいた。
剣と剣がぶつかり、大きな音を辺りに響かせる。
ただ一度だけのそれに、背筋がぞくりと震えた。
こいつ、強い・・・!
剣を交えるたびに興奮が高まってゆく。
強敵が現れ、面倒なことになったはずなのに、腹の底から笑いたい気分に狩られた。
倒したいとか殺したいとか、そんなものではなく。
ただ純粋に、いつまでもこいつと戦っていたい。
そんな衝動が沸き起こる。
どれほどの間、そうやって戦っていただろう。
興奮状態に陥っていたハーヴェイを現実に戻したのは、引き上げを示す合図だった。
そちらに注意がいき、少し距離をとったその時。
ビュッと何かが右頬を掠めた。
見れば、先ほどの青年がナイフを手に構えている。
自分の頬を掠めていったのがそれだと頭が理解した頃には次のナイフが飛んできていた。
ハーヴェイはそれを何とかかわす。
徐々に後ろに下がるハーヴェイに、それを追う青年。
2人の距離は縮まることなく、そのままハーヴェイが自身の船に帰り着くこととなった。
離れてゆく船の中、ハーヴェイは見つめ続ける。
青年もまた、鋭い瞳でこちらを見つめていた。
でもどうしてだろう、なぜか彼の瞳がどこか物悲しいものに感じられた。
その後、あの艦隊とやりあった仲間が誰一人としてその命を落とさなかったことを知る。
ハーヴェイの主、キカは義賊を名乗り、不必要な殺生は控えている。
もちろん部下にもその掟は絶対で、今回のような戦闘においても同じだ。
だからハーヴェイもその仲間も、きっとミドルポートの人間は殺していないはずだった。
それと同じことを、彼はしていたのだろうか。
わけもわからず、胸の中が喜びに溢れた。
ニヤニヤしていると、誰かが傷をつけられたのに喜んでやがるのか、とからかった。
あの時、青年につけられた傷は、浅かったにも拘らずなぜか消えないでいる。
しかし、それはハーヴェイにとってむしろ勲章のようなものだった。
自分と互角以上に戦える存在。
長い髪も、秀麗な顔も。
そしてあの悲しみを帯びた瞳も、色褪せることはない。
彼と、もう一度遭うことを。
もう一度、剣を交えることを望み―――――
それがまさかこんなことになろうとは。
「ハーヴェイ。」
女性のものにしては少し低めの声が部屋に響く。
ハーヴェイが振り向いた先には、彼が尊敬して止まない、女頭領の姿があった。
「キカ様。」
「・・・まだ目は覚まさぬ、か。」
うん、と呟いて、ハーヴェイは寝台を見つめる。
「この男を、お前は見たことがあるといったな、ハーヴェイ。」
腕を組み、切れ長の瞳で男の顔をみつめながら、キカが問う。
「うん、いつだったか、ミドルポートとやりあった時の・・・それがどうかしたのか?」
「先ほど、転覆した船についての情報が入った。」
沈んだのはやはりミドルポートの艦船だった。
しかし、奇妙なことに艦船が沈む時、近くに敵船らしきものはなかったらしい。
さらにおかしなことに、すぐ近くにはもう1隻ミドルポートの艦船があったという。
「そして、そちらの船は全くの無傷だったらしい。」
「・・・それはつまり、どういうことなんだ?」
「ハーヴェイ、その男が率いた艦隊は、我らを殺さなかった・・・確かにそうだな?」
キカの見つめる先にはやはり眠り続ける青年の顔。
よく覚えるその顔を、見間違うはずはないと、ハーヴェイは大きく頷いた。
「・・・切り捨てられたのかもしれん。」
「切り捨て・・・って!それじゃこいつは味方に襲われたってことかよ!?」
「声を荒げるな、ハーヴェイ。起きてしまうぞ。」
思わず立ち上がったハーヴェイに、キカはどこまでも冷静だ。
「まだそうと決まったわけではない。だが状況を見るに、その可能性が高いということだ。」
「そんな・・・」
味方に裏切られる。
それは仲間との絆を重んじるハーヴェイにとって、身を切られるかのようにつらいことだ。
そんな苦しみを、眠るこの青年は味わったのだろうか。
体に残されたひどい傷も、全てかつての仲間がつけたものなのか。
やりきれない思いに、思わずハーヴェイは顔をしかめる。
「それで、お前は彼をどうしたいと思っているのだ?」
「・・・・・・俺は・・・」
正直なところ、ハーヴェイ自身にもどうしたいかなんてわからない。
ただ、彼が死にかけているとわかった時、どうしても助けたいと思った。
死んで欲しくないと、そう思った。
「わかんねぇ・・・けど・・・こいつが死ぬなんて、考えられない。それだけだ。」
「・・・そうか。」
彼に関してはお前に任せよう、と続けたキカは立ち上がると踵を返す。
そのまま扉へ向かったキカにハーヴェイは笑みを向けた。
「ありがとう、キカ様!」
彼女は振り向かなかったが、右手を掲げた。
出て行った彼女を見送り、再び視線を彼へ戻したその時。
「・・・ぅ・・・ん・・・」
青年の顔が強張り、声をあげた。
to be...
シグルドでてきません。
いや出てはきてますが・・・
まぁそんなには長くならない予定なので、しばらくの間お付き合いくださいませ。
ハーヴェイがキカに対して思いっきりタメ口なのですが・・・
おかしかったらご指摘くださいませ(汗)
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